1986年創業の温熱と腸内環境にこだわった専門店です

会社の創業と沿革/グリーンポプリ








グリーンポプリ株式会社

会社の創業と沿革


薬膳料理

病気克服の歴史から生まれた会社です

●余命3ヶ月の末期がん
●アトピー性皮膚炎
●小児喘息
●蓄膿症


など、社長である私や、私の親父の、病気との闘いから生まれた会社です

【アレルギー持ちの私の幼少時】

私(代表取締役社長 後藤 洋)は小さいとき(幼稚園児)、小児喘息、アトピー性皮膚炎、蓄膿症、中耳炎、外耳炎などアレルギーで、毎週お医者さんに通っていました。当時埼玉の大宮に住んでいましたが、ナカナカ治らずに東京にまであちこち病院に行っていました。注射の度に私は泣き叫びました。体中が痒くて、夜通し背中を掻いてもらっていました。そんな私を見て「かわいそうだ」と思ったのと同時に、体力の限界だったのでしょう。

病院、クスリは一切止めたのです。


玄米菜食

それから色々な民間療法などを行脚し、最終的に森下医学博士の御茶ノ水クリニックにたどり着き、完全玄米菜食を始めました。肉・魚・卵・牛乳や砂糖は一切摂りませんでした。


アトピー、小児喘息の完治

父は当時、ある一部上場大手企業の全国トップの成績をおさめていた、優秀な会社員でした。毎晩毎晩午前様で、相当ハードな仕事でした。親父は私と同じように体が細く体力も無かったですから、相当きつかったことでしょう。その上毎晩の夜泣きに泣かされて。

しかしながらそんな中でも父は朝起きたら私と妹を引き連れて、近所のお豆腐屋さんまでジョギングしながら行き、熱々の豆乳を買いに行っていました。

その頃のお豆腐屋さんのおいしそうな香りが今でも忘れられません。そしておいしい豆乳の味と。

冬になると父は毎朝僕らを起こし、近所の子供達も起こして、寒風摩擦を行っていました。

そして僕が小学校の間に、完治しました。


親父末期ガンになる

我が家では、森下療法=御茶ノ水クリニックに行って以来、食事はずーっと玄米菜食でした。

親父は超人的な精神力の持ち主で、接待でも肉は口にせず、それ以外は外食はせずどんなに遅く家に帰ってきても必ず玄米を家で食べていました。

ところがなんと私が高校生の時、親父が余命3ヶ月という末期ガンにかかってしまったのです。
余命3箇月ということでお医者さんからは見離され、「好きなことをしなさい!」とのことでした。

しかし強靭な精神力を持つ父は、末期ガンを病院に行かずに会社を辞めて、各種民間療法や、健康食品家庭用治療器だけで克服してしまったのです。


総合健康法の芽生え

このとき私には大きな疑問が生まれました。「私のアトピーや小児喘息は玄米
菜食で治ったのに、どうしてあれほどまじめな親父は末期ガンになったのだろう?」と。

この時以来、健康にとって食事は一部に過ぎない。
心、ストレス、自律神経、脳や、運動、生活習慣まで広くかかわっている事に気付き、今のグリーンポプリがあるのです。


グリーンポプリ創業

その時の経験から父はグリーンポプリ株式会社を興し、養生指導(食養生活健康)を開始しました。


私の勉強

それ以来私も色々と勉強しました。矯体法気功足反射療法プラスイメージ法中国漢方医学栄養学マクロビオティック

また、私は健康食品や野草、薬草が好きでした。ですからこちらの方も色々と勉強しました。


現在のグリーンポプリ株式会社

現在のグリーンポプリは、店内で様々なリフレッシュができるようになっており、これは楽しみながら、リラックスしながら健康というものにアプローチできるようにという、私の願いからなのです。

そうまじめに健康を追求するだけでは、大切な「心」を満たす事はできないのですね。




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